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更新日:2017年3月1日

原始のふくしま

福島に人類が住み始めたのはいつ頃だったのでしょう。黒岩(くろいわ)にある学壇(がくだん)遺跡群から、旧石器時代にすでに私たちの祖先が暮らしていたことがわかっています。その後、縄文時代(約12000年~2500年前)に入ると、人々は自然豊かな福島盆地縁辺にムラを作り定住するようになります。

当時の市内はこの豊かな川と森に恵まれ、自然から豊富な食料を手に入れることが出来たようです。また一方で計画的な植物の栽培も行いました。国史跡の宮畑(みやはた)(岡島(おかじま))・和台(わだい)(飯野町(いいのまち))両遺跡からはクリなどの栽培を行った事実がわかっています。また、狩猟も縄文の暮らしでは欠かせないものでした。市内の遺跡でも川で網とおもりを使って魚を獲ったり、弓矢を使ってシカやイノシシを捕まえていたようです。縄文の福島のムラの一番の特徴は、竪穴住居のいろりの形でしょう。中期の終わりに南東北地方を中心に流行した土器と石を組み合わせて作られた大型のいろり「複式炉」は飯野白山遺跡(飯野町)で初めて発見・命名されました。

東北の弥生(やよい)時代は約2200年前から始まるといわれます。福島で最古の水田(すいでん)跡は中期の台畑(だいはた)遺跡(南矢野目)で発見されました。同じく中期の勝口前畑(かつぐちまえはた)遺跡(野田町・八島田)などで石包丁が見つかり、福島の稲作の様子を垣間見ることができます。またこの遺跡では全国でもめずらしい勾玉(半玦状(はんけつじょう)勾玉)の制作を行った跡が発見されました。石の塊を、1cmほどの大きさの勾玉の形にする工程がよくわかる大変貴重な資料となっています。

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